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市長室からこんにちは(平成27年4月号)

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年4月1日更新

 入学式や入社式で晴れの門出を祝い、クラス替えや人事異動で日頃接する顔ぶれが一新する年度替わりは自ずと晴れやかな緊張感に満ちあふれます。春のこの新鮮な空気に文字通り花を添えるのが満開の桜です。

 奈良時代までの花の代表格は梅でしたが、平安時代には桜が取って代わります。貴族達はこぞって桜の樹を邸内に植え、春となれば花を愛で歌に詠みました。華やかで優雅な王朝文学は桜を抜きに語ることはできません。

 平安後期、相次ぐ戦乱と武士の台頭、貴族の没落という激動の中、末法思想とともに世に広まった無常感の象徴とされたのも桜でした。無常とは万物が流転し、永久不変の物はないとする仏教の教理ですが、日本人は世の栄枯盛衰や人生の短さの喩えとして情緒的に受け止めました。今を盛りと咲き誇る桜が数日にしてあっけなく散る定めに、無常を重ね合わせたのです。

 時代が下り、江戸時代に入ると桜は別の意味を持ちます。戦国乱世が過ぎ去り、戦士としての役割を失った武士は、治者としての正統性と規範を求めました。まず要請されたのは躊躇なく大義に殉ずる覚悟であり、散り際の桜の潔さが理想とされたのです。「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」と語られ、「花は桜木、人は武士」とされたのです。一方、花見の風習が一般庶民にも広まり、春の行楽として定着したのも天下泰平の賜物でした。

 平安時代と江戸時代は世界史的にも稀なほど平和が長く続いた時代であり、また遣唐使廃止と鎖国により外国との交流がほぼ途絶え、独自の文化が花開いた時代でもあります。瞬く間に盛りを過ぎる桜を観賞するには心のゆとりが欠かせず、またそのはかなさこそが日本人の情緒を揺さぶるのでしょう。

 先の大戦においては、戦局の悪化につれ、戦死を桜の散る様になぞらえ、「散華」とする言い換えが日常化しました。潔さを通り越し、悲惨さが漂います。

 「さまざまの事おもひ出す桜かな」芭蕉もあれこれと回想してしまう桜はやはり特別な花です。