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市長室からこんにちは(平成27年8月号)

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年8月1日更新

いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重に匂ひぬるかな  伊勢大輔

漁(いさ)り火の昔の光ほの見えて芦屋の里に飛ぶ蛍かな  藤原良経

秋来(き)ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどかれぬる  藤原敏行

雪降れば冬ごもりせる草も木も春に知られぬ花ぞ咲きける  紀貫之

 これら遥か昔に詠まれた歌を織り成すのは、すべて古くから我が国にあった大和言葉です。今私たちはそのままの言葉で読み取り、時を超えて詠み手と心を通わせることができます。このような例(ため)しは他の国にはさほど多くありません。

 かつて海の向こうから伝わって来た言葉を取り込みながら、我が国の言葉は少しずつ形を変えてゆきました。それとともに、様々な事を推し量り、周りを慮(おもんぱか)る術(すべ)までも磨かれました。その基(もとい)となったのは、大和心の細やかさであり、またそれとは裏腹なしたたかさと言えましょう。いつか述べたように、異なるものを受け入れ、我が物とする巧みさはまさに誇るに値します。

 ことによると、故郷(ふるさと)を懐かしみ、あるいは国を思う心なども、言葉をよく学び、重んじ、そして使い馴染む中で自ずと育まれるものかも知れません。そう考えるにつけ、日頃何とは無しに使っている言葉をより身近なものとして親しみ、かけがえないものとして慈しまねばとの思いが深まるばかりです。

 さて、ここまでお読みになった方はすでにお心あたりのことかと思いますが、この度は昔の歌の雅な調べに倣(なら)い、大和言葉のみを用いて書き連ねてみました。この試みにより、いつもとは違う和らぎが生まれ、いささかの暑さ凌(しの)ぎともなれば、これに過ぎる喜びはありません。

 言葉の持つ力を知り尽くした歌の聖の、まさにそれを詠んだ歌をもって結びとします。

敷島の大和の国は言霊(ことだま)の幸(さき)はふ国ぞ真幸(まさき)くありこそ  柿本人麿