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市長室からこんにちは(平成27年3月号)

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年3月1日更新

 日頃私たちが何気なく書いたり話したりしている日本語はこの国に太古から存在し、何度か外国からの影響を受けながら進化してきました。最初の大きな影響は中国からのものです。

 まず文字については、漢字は言うに及ばす、ひらがな、カタカナもその漢字から派生したものです。つまり、今使っている文字のほとんどが中国由来ということになります。

 中国の古典でもある漢文も日本語の発展に大きく寄与しています。漢字だけで構成され、文法がシンプルな漢文は、簡潔な表現が多用される一方、比喩や対句などの修辞が発達しています。その漢文を日本人は漢字の読み順を変え、振り仮名を付けて訓読してきました。読み下した漢文には大和言葉とは違う引き締まった語感があります。「李下に冠を正さず」「義を見てせざるは勇無きなり」「山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し」漢籍に刻まれた多くの箴言に触れることで、思慮を深め倫理観を磨いただけでなく、国語表現の幅も広げることができたのです。

 字数と韻律の制約を受ける定型詩では、表意文字である漢字の特性が寸分の無駄もなく発揮されます。杜甫の余りにも有名な五言律詩『春望』の書き出し「国破れて山河在り」は、焼け野原に立つ終戦後の日本人の胸にも強く迫ったことでしょう。「少年老い易く学成り難し」という七言絶句の起句(作者は長らく朱熹とされましたが、実は室町時代の禅僧のようです)はとかく怠惰に流れやすい学生を戒める格言としてつとに定番です。

 日本文化は外来の文物を取り入れながらも、大陸や半島とは異なる列島の風土の中で独自の熟成を重ねました。幕末以降欧米文明を吸収する中で、先人は漢字の造語能力を活かし次々と訳語を考案します。時間、原理、企業、計画、運動、政策などの言葉は、国語の中に定着したばかりか、多くが本家の中国にも逆輸出され、現代中国語においても不可欠の語彙となっています。何事も受容し応用する柔軟さ、まさに誇るべし。