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市長室からこんにちは(平成25年3月号)

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年3月1日更新

 早春は受験シーズンでもあります。学歴がすべてでないとはいいながら、受験生の皆さんにかかる重圧は決して小さくないでしょう。ひと頃は激しすぎる「受験戦争」が社会問題となったものですが、今回は受験を積極的な意味でとらえ直してみたいと思います。

 「通過儀礼」という言葉があります。出生から成人、結婚、最後は死亡に至るまでの人生における節目ごとの儀式を指します。このうち、成人の儀式は子どもに甘えを捨てさせ、大人としての自覚を持たせる意味から、苦痛や恐怖など強い緊張を伴うのが古来通例でした。昔の武士は元服のときに切腹の作法を教わりましたし、バンジージャンプもメラネシアでの通過儀礼が起源とされています。

 現代日本の成人の通過儀礼は益田市も毎年開催する成人式でしょう。ただ、二十歳になれば民法上の行為能力が与えられるものの、そのこと自体に大きな苦痛や恐怖はありません。成人式の印象といえば、晴々しく着飾り、同級生との再会を楽しむ新成人の姿です。

 その点、入学試験という関門は甘くありません。同年代の者同士が、点数という客観的な指標で序列づけられ、合格と不合格とに真っ二つに分けられます。その競争に打ち勝ち、栄冠を手にするには、勉強を積み重ね、準備を万全にする必要があります。

 「勉強」という言葉の本来の意味も「無理をすること」です。教科書を読み、問題を解く作業が楽しくてたまらないという人はあまりいないでしょう。しかし、試練を乗り越えることは達成感と強い精神力をもたらしますし、学んだ内容は確実にその人の知識と教養を高め、判断力の土台になります。いずれも一人前の大人には欠かせないものです。

 そうだとすれば、受験は通過儀礼の役割も果たしていると考えられます。さらに言えば、受験で自分の限界に挑むことは、人生の選択肢を広げ、可能性を高めます。

 受験生の皆さん、本当の春はそこまで来ています。どうか、最後の最後まで自分の夢に向かって果敢にたたかい抜いてください。