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市長室からこんにちは(平成28年3月号)

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年2月23日更新

 20歳という青春のさなか、益田ひろみさんが行方不明となったのは、昭和48年3月(2月25日説も)のことです。旧日原町に住んでいた益田さんは、益田市内の呉服店への通勤のため、東青原駅から益田駅行きの列車に乗りました。店のシャッターは毎朝益田さんが開けていましたが、その日にはずっと閉まったままでした。そして、店の裏には益田さんが旅行に行った際に買った土産が置かれていたのです。(シャッターの前にカバンが置かれていたとの説も)

 現在、益田ひろみさんは、特定失踪者問題調査会という民間団体から、北朝鮮による拉致の被害者である疑いを否定できない「特定失踪者」に認定されています。警察もまた同様の把握をしているようです。中学まで益田市の二条地区に住んでおられたことから、西南中学校の同窓生を中心に、「益田ひろみさんをさがす会」が結成され、様々な活動が続けられています。

 正当な理由なく連れ去られ、家族が離れ離れになる悲しみと苦しみは想像を絶します。政府は拉致問題の解決に向け北朝鮮と協議を進めていますが、一日も早い全容解明とすべての被害者の帰国を強く願っています。

 昨年6月には、益田ひろみさんに対してメッセージを発しました。特定失踪者問題調査会による北朝鮮向け短波放送「しおかぜ」に収録していただいたのです。この放送を北朝鮮の多くの住民が聴いているという脱北者の証言があり、また実際にこの放送に対する妨害電波が北朝鮮から発信されていることもこれを裏付けます。自分の声が拉致被害者の方々に、そしてもしかしたら益田ひろみさんにも届くのではと、祈るような思いでマイクに語りかけました。

 益田ひろみさんは現在すでに63歳になられます。「さがす会」の皆さんと連携し、拉致問題について啓発したり、情報の提供を呼び掛けたりするつもりです。そして、いつの日か故郷への復帰を希望されることがあれば、その実現のために最善を尽くしたいと思います。