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市長室からこんにちは(平成29年8月号)

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年7月26日更新

  平成29年は、「民生委員」の制度が始まってちょうど100 年という節目の年です。


 「民生委員」は、厚生労働大臣の委嘱を受け、それぞれの地域で、住民の立場に立って相談に応じ、必要な援助を行い、社会福祉の増進に努める方々です。また、「児童委員」を兼ね、地域の子どもたちが元気に安心して暮らせるように、子どもたちの見守りや子育てに関する相談・支援等も行なっています。なかには、児童福祉を専門的に担当する「主任児童委員」もいます。規程上は非常勤の地方公務員ですが、給与の支給はなく無報酬のボランティアとして活動されています。

 起源は大正6年すなわち1917年に岡山県で始まった「済世顧問」という制度でした。当時の笠井信一知事は、地方官会議で大正天皇から「県下の貧民の状況はどうか」と尋ねられたことから、県内の生活困窮者の実情を調査してみることになりました。すると、県民の約一割が悲惨な生活状態にあることがわかったため、ドイツの自治体の事例を参考にして、貧困防止と生活困窮者支援を行う新しい制度を創設することとしたのです。


 この済生顧問に似た「方面委員」という制度が翌大正7年、大阪府でも始められました。たまたま理髪店で散髪中だった林市蔵知事が目の前の大きな鏡に映った貧しい母子の姿に衝撃を受け、貧民救済の必要性に気付いたとされます。この方面委員制度は、その後他府県に広がり、昭和初期には全国に普及しました。名称が現在の「民生委員」に改められたのは、昭和21年のことです。


 益田市では、民生児童委員の皆さんに対し、「生活相談員」の委嘱も行なっています。現在175 名もの方が、担当区域住民の様々な相談に応じ、適切な支援やサービスへの橋渡しを務めてくださっていることにはただただ頭の下がる思いです。


 先人の気づきから始まり、多くの善意に支えられた活動の輪が、今も広がっています。100 年の積み重ねに深甚なる敬意と謝意を表しつつ、今後のつながりを願ってやみません。