雪舟とは

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年2月24日更新

特集コンテンツ 晩年を益田で過ごした「画聖」 雪舟 雪舟とは 中国で「第一座」の栄誉を授かったの雪舟

雪舟像の写真
雪舟像
 画聖雪舟等楊は、室町中期の頃、備中に生まれ、近くの宝福寺に 小僧にやられたと伝えられます。青年期に京にのぼり、相国寺の 禅僧として修行に励み、寛正二年(1461)に大内氏に招かれて 山口を訪問、その後遣明船に便乗して中国に渡り、中国の景色や 画法について学び続けました。
 雪舟は、中国に滞在中、寧波にある禅宗の古刹・天童寺から「天 童山第一座」という最高位の栄誉を贈られています。天童寺で修 行した日本人は臨済宗の開祖栄西や曹洞宗の開祖道元などたく さんいましたが、「第一座」の栄誉を授かったのは雪舟唯一人だと いわれています。

益田氏の招きにより晩年を益田で過ごす

重要文化財「益田兼堯像」の写真
重要文化財「益田兼堯像」
 帰国後、戦乱を避けて九州、さらに山口に渡り、その後益田七尾 城主兼堯の招きにより宗観寺(現在の医光寺)の五代住職となりま した。兼堯の死後、周防の雲谷庵に帰り、その後再び益田を訪れ ています。
そして益田の東光寺(現在の大喜庵)に入って晩年を過 ごし、永正三年(1506)87歳の生涯を閉じたと伝えられています 。
 雪舟は益田滞在中に、萬福寺、医光寺の両寺に心の庭を築き、さらに「益田兼堯像」「花鳥図屏風」などの名作を描いています。

重要文化財「花鳥図屏風」(京都国立博物館所蔵)  また晩年は東光寺(現在の大喜庵)で過ごしています。また悠々自適の生活を送る雪舟が 愛好したものに、1mの深さに掘られた岩に清水を湛えた霊巖水があり、硯や茶の水に使ったといわれ、現在でも愛好者が絶えません。
 また、東光寺の裏手には雪舟の墓が建て られています。

雪舟の郷記念館の写真
雪舟の郷記念館
大喜庵の写真
大喜庵
萬福寺庭園の写真
萬福寺庭園
医光寺庭園の写真
医光寺庭園

「世界十大文化人」に選出

切手の写真
上:ルーマニアの切手
下:ロシアの切手
 雪舟は東山時代の画壇に活躍したばかりでなく、わが国の美 術史上においても画聖として、建庭家として最高の地位を得た一人です。そして彼は後世になるにしたがい、ますますその画と庭園の真価を認められ、今日では世界的な画家の一人に数えられています。昭和31年、ウィーンで開かれた世界平和協議会は、世界の文化功労者10人を選んで顕彰しており、雪舟は ドストエフスキーやモーツァルトなどと共にその内の一人に加 えられているなど、雪舟の偉大さは私たちの想像をはるかに越え、国際的な評価を得ています。
 益田の地を愛し、この地で自ら人生の幕引きをした偉人の遺跡が、私たちのすぐそばで息吹いていることに、市民としての誇りと喜びを感じます。益田市民にとって彼は歌聖柿本人 麿とともに、心のよりどころとなっています。

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