田畑修一郎に関する文献一覧

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年1月1日更新

田畑修一郎(本名 田畑修蔵)は明治36年(1903)に美濃郡益田町(現益田市本町)に生まれ、早くに両親を失い、義母によって育てられました。義母の死後、旅館紫明楼の主人となりましたが、昭和4年(1929)に紫明楼を譲り、作家を志して上京しました。

昭和13年(1938)に小説『鳥羽家の子供』を出版し、芥川賞候補に選ばれました。その後も小説、随筆を多数出版し、『鳥打帽』『石ころ路』『医師高間房一氏』『さかだち学校』『文学手帖』など昭和の文壇史に残る多くの作品を著しました。

昭和17年(1942)に『出雲・石見』取材のため、益田に帰郷しましたが、昭和18年(1943)には取材先の盛岡にて急性盲腸炎により急逝しました。

平成4年(1992)に郷土文化の発展に貢献されたことを讃えて、益田市名誉市民となりました。

歴史文化研究センターでは、田畑修一郎に関する文献一覧を作成し、田畑修一郎の業績の紹介と情報発信を行っております。

田畑修一郎に関する文献一覧 [PDFファイル/193KB]


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