城九郎に有福氏の痕跡を探る!を開催しました

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年1月1日更新
城九郎に有福氏の痕跡を探る!を開催しました

7月18日(土曜日)に美濃地公民館および城九郎地区において、歴史講座「美濃地区の歴史を探る」の第2回「城九郎に有福氏の痕跡を探る!」を開催しました。

前々日・前日と台風が接近しておりましたが、当日は幸い雨がやみました。

まず、第1回で作成していただいた美濃地区の文化遺産についての調査カードを紹介しながら、各文化遺産からどのような地域の歴史がわかるのかを説明しました。また、第1回の現地見学で、立派な中世石造物が数基まとまってあるという新発見があったことも紹介しました。

第1回の調査カードの一例美濃地本郷の中世石造物

続いて、益田市文化財課の職員が、「城九郎熊野三所大明神の歴史」と題して、美濃地八幡宮に伝わる「熊野三所大明神記」という古文書からわかる、城九郎にあった熊野三所大明神という神社、城九郎の領主であった有福氏、そして城九郎や美濃地区の歴史について説明しました。

講座の様子

そして、講座で主に取り上げられた熊野三所大明神の跡地を現地見学しました。

公民館のある本郷(もとごう)地区と熊野三所大明神の跡地のある城九郎地区の間は、山がせり出して狭くなっている地点があり、そのあたりには「陣ヶ原(じんがはら)」や「切り塞ぎ(きりふさぎ)」といった地名が残り、城九郎の有福氏が益田氏方、本郷は益田氏とよく対立していた吉見氏の勢力圏であり、しばしば合戦が行われていたであろうことを推測させます。

神社の跡地は、地元の方々のご協力で草刈りがなされており、おかげさまでたいへん見学しやすくなっていました。

現地見学の様子

跡地の広さから、往時の神社の大きさと有福氏の実力を体感し、階段脇の石垣の石に刻まれた「奉村中」「慶応元丑?月吉日」の文字などを確認しました。

美濃地区は古い景観を良く残していること、そしてそうしたことを現地で体感することの重要さをあらためて認識しました。

参加頂いた皆さま、暑い中熊野三所大明神跡地の草刈りをしてくださった地元の皆さま、美濃公民館の皆さま、どうもありがとうございました。

美濃の里あっちこっち

益田市役所本庁
〒698-8650 島根県益田市常盤町1-1(地図・アクセス
Tel:0856-31-0100(代表) 電話番号等のご案内[本庁/美都総合支所/匹見総合支所]
開庁時間:月曜~金曜日の8時30分から17時15分まで(土曜・日曜日、祝日、年末年始は閉庁)