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市長室からこんにちは(平成30年10月号)

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年9月21日更新

 四方それぞれの守護神である四神のうち、秋に対応するのは「白虎」です。他の神獣が完全に想像上の動物であるのに対し、「白い虎」だけはホワイトタイガーとして実在します。

 ベンガルトラの白変種であるホワイトタイガーは、シロヘビやシロウサギなどの先天性色素欠乏症(アルビノ)とは異なり、非常に低い確率で存在する、白い体毛を伴う遺伝子が現れたものです。近くでは山口県美祢市のサファリランドなどで実物を目にすることができます。

 虎は、日本には古来生息しませんでしたが、中国やインドでは猛獣の典型とされ、単に強いだけでなく、狼などと並び獰猛で残虐な動物の代名詞でした。『論語』に出てくる「苛政は虎よりも猛し」という比喩は、思いやりのない政治は虎よりも害悪が大きいという意味で、為政者の戒めとすべき言葉です。高校国語の教科書によく掲載される中島敦の『山月記』は、優れた才能と強すぎる自尊心を持った男が、努力を惜しみ、人との交際を疎んじた挙句、人食い虎と化してしまうという数奇で憐れな運命を描いた短編小説です。

 さて、「白虎」と聞いて多くの人が思い起こすのは、幕末の「白虎隊」の悲劇ではないでしょうか。徳川幕府に忠誠を誓う会津藩は、押し寄せる新政府軍に徹底抗戦すべく、年代別に部隊を再編成しました。数え年18歳から35歳の藩士を朱雀隊、36歳から49歳を青龍隊、50歳以上を玄武隊としました。15歳から17歳の少年により構成された白虎隊にはあえて年齢を高く偽って入隊した年少者もおり、今ならせいぜい中高生の年代でした。

 総勢340 名の白虎隊は当初は城中の警護にあてられましたが、戦局の悪化につれ前線に出されるようになりました。そのうち飯盛山に籠った20名の隊士は、城山から上がる炎を見て敗北を悟り、互いに刺し違えて果てる道を選んだのです。今から150 年前の慶応4(1868)年、旧暦8月23日のことでした。これを新暦に直せば10月8日であり、元号が明治と改まるわずか15日前のことでした。