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市長室からこんにちは(令和元年5月号)

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年4月26日更新

 世界初の元号は、中国の漢代、紀元前140年を元年とする「建元」とされます。その後、朝鮮、ベトナム、モンゴルなど中国周辺の一部でも使われることがありましたが、現在唯一の元号使用国が日本です。

 我が国では西暦645年に始まる「大化」以降、時代を画する象徴的意味をも有する元号は、歴史的事件の名称に度々冠せられました。その多くは日本史の流れを決定づけたものです。

 「大化の改新」で始まった天皇中心の国づくりの規範が「大宝律令」や「養老律令」であり、やがて栄華を極めた貴族の権勢が、「承平・天慶の乱」や「保元・平治の乱」を契機に武士に移ると、「治承・寿永の乱」とも呼ばれる源平合戦の末に樹立された鎌倉幕府は「承久の乱」を抑え、御成敗式目、別名「貞永式目」を定めるほどの実権を握りますが、元寇つまり「文永・弘安の役」を境に衰えると、「建武の新政」で倒れ、続いて室町幕府が成立するものの、「応仁の乱」後は戦国乱世となり、これを統一した豊臣政権も「文禄・慶長の役」でつまずくと、江戸幕府が取って代わり、ついに「元和偃武」で天下泰平が到来すると、「元禄文化」と文化・文政年間に栄えた「化政文化」を庶民が謳歌し、その一方で武家政権の矛盾は「享保・寛政・天保の改革」でも支えきれず、幕末の「安政の大獄」は終焉の呼び水となるのみでした。

 その後も、文明開化と富国強兵により未開の島国から世界の一等国にのし上がった「明治の精神」、モダンな文化とデモクラシーが花開いた「大正ロマン」、恐慌に始まり未曽有の敗戦を経て廃墟から高度成長を成し遂げた「激動の昭和」、バブル崩壊と二度の大震災に見舞われた「混迷の平成」と、元号にはそれぞれの世相が刻まれています。

 248個目の元号となる「令和」の由来は、天皇の御製から名もない庶民の歌まで幅広く収めた万葉集における梅の歌の序文の一節「初春令月、気淑風和」です。こめられた願いの通り、すべての人がそれぞれの花を咲かせられる、美しく和やかな御世となることを期待します。