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市長室からこんにちは(令和元年6月号)

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年5月24日更新

 中学生にして破竹の29連勝を達成し、その後も快進撃が続く藤井聡太七段や「出雲のイナヅマ」の異名を取る里見香奈女流四冠などの活躍で将棋が脚光を浴びています。

 縦9列、横9行、計81マスの将棋盤に先手後手各20枚の駒を並べて対局を開始する将棋は、誰でも楽しめるボードゲームの代表格です。この将棋をモチーフとする演歌の一つが、大阪を拠点に活躍した八方破れの天才棋士・阪田三吉の闘志を描いた昭和36年発表の「王将」です。

 「吹けば飛ぶよな将棋の駒に」。あとに「賭けた命を笑わば笑え」と続く冒頭の一行が書けたとき、作詞家の西條八十(やそ)は会心作の確信を得たといいます。傍から見れば取るに足らぬ盤上の闘いに血眼になる男の生き様は、薄紙一枚に渾身の情熱を注いで歌詞を刻む自分の姿と重なるものでした。

 二番の歌詞の結びは「愚痴も言わずに女房の小春(こはる)、つくる笑顔がいじらしい」となっています。小春とは三吉の妻のことですが、西條自身長年苦楽を共にした妻晴子(はるこ)を亡くしたばかりで、いわば人知れぬ鎮魂歌でもありました。

 三番は「明日は東京に出て行くからは、なにがなんでも勝たねばならぬ」で始まります。東京での大一番にかける意気込みに加え、華やかな首都に対する地方の反骨心まで伝わってくるようです。

 この詞に曲をつけた船村徹は新進気鋭の作曲家でした。ただ、演歌はクラシック音楽などと比べ低俗な大衆芸能という扱いを受けており、あえてその道に邁(まい)進する心意気をそのままメロディーに乗せることができたのです。

 そして、歌ったのは、売れっ子浪曲師から心機一転演歌歌手に転じながらもいっこうに芽を出せずにいた村田英雄でした。もう後がないという必死の念が、持ち前の野太い声に一層の迫力を加えました。

 このように、関わる人それぞれの情念を深く宿した「王将」は、誰にも言えない悩みや辛さを胸に秘め日々懸命に生きる多くの庶民の圧倒的共感を呼び、戦後初のミリオンセラーとなりました。日本歌謡史上に残る名曲はこうして誕生したのです。