『益田市内石造物調査概報6―医光寺の石造物―』
『益田市内石造物調査概報6』では医光寺境内の中世の石造物と考えられるものや、近世の宝篋印塔、句碑や顕彰碑などについて紹介しています。
医光寺の前身であった崇観寺は、現在の医光寺の西隣にあったとされ、益田兼見が諸山に位置づけ、益田家として特に「賞翫」(大切に)しなければならないと定めた寺院です。京都などの寺院で学んだ僧侶たちが住職として赴任し、最先端の知識や文化を益田に導入する窓口であったと考えられます。戦国時代の初め頃、なんらかの理由(おそらく火事)で衰退し、代わって医光寺が興隆しました。
そのような医光寺の境内には中世のものと考えられる石造物が複数伝わるほか、近世の大型宝篋印塔、近世・近代の句碑・歌碑などがあります。
これらを紹介しています。ぜひご覧ください。
『益田市内石造物調査概報6―医光寺の石造物―』 (PDFファイル: 2.9MB)

『益田市内石造物調査概報6―医光寺の石造物―』
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更新日:2026年06月05日